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2008/09/09(火) 00:12:23
シグルイ 聖地巡礼?(掛川郊外編)
2006/11/03(金) 23:59:37
今回は掛川の郊外にあります
「小夜の中山、粟ガ岳、松葉の滝」
あたりについて御紹介致します。
静岡側より国道1号線を西へ進みますと、掛川市に入って直ぐの所にあるのが小夜の中山です。
丁度旧国道と、バイパスが交差する形になる所に写真のお店がございます。
小泉屋様、創業は宝暦元年(1751)、当代10代目だそうです。
『東海紀行』にも「小泉茶屋ヨシ、女子多ク出テ旅客ヲ呼ブ」と記されいるそうです。
名物は、昔ながらの製法で長時間かけて手作りされます「子育て飴」、砂糖は一切使わず、餅米と発芽大麦を原料にしております。
琥珀色の水飴、久々に食べましたが、いや、懐かしい限り。
さて、この小泉屋様のお店の直ぐ裏に、作中にも出てきます「夜泣き石」が奉られています。
実は、「夜泣き石」は現在二つ有ります…
かつては作中の描画の通り、街道の真ん中にありました。
明治元年(1869)に天皇陛下の東幸の際、道の真ん中にあっては畏れ多いとして近隣の「沓掛」の茶屋に移されたそうです。
その後、明治14年(1881)に東京浅草で開催された「勧業博覧会」に出品されることになり、東京に運ばれていきました。 (現在、元有った場所には石碑だけが残っております)
しかし、その復路、焼津港まで船で運ばれたものの、その先の費用が底をつき、しばらく放置されていたそうです…。
後になんとか中山新道まで石を運んだそうですが、急な坂道を上って峠まで至ることができず、小泉屋の裏にそのまま置かれることになったそうです。
一枚目、左の灯篭のUP写真です…、上で触れた東京の云々の関係でしょうか?銀座松坂屋様からの寄進みたいですね。
この写真は
友六の目をもってしても
鮮明ではなかった
なんか…写っております…。
とりあえず次の地へ
もう一つの夜泣き石が奉られております、久延寺です。
山内一豊関係でこちらも観光客がかなり来ているみたいですね。
夜泣き石なのですが、シグルイ本編で語られた物とは違い、以下のような伝説となっております。
因みにこれも「遠州七不思議」の一つ…筆頭格に語られております。
その昔、小夜の中山に住むお石という女が菊川の里へ働きに行っての帰り中山の丸石の松の根元でお腹が痛くなり、苦しんでいる所へ、轟業右衛門と云う者が通りかかり介抱していたが、お石が金を持っていることを知り殺して金を奪い逃げ去った。
その時お石は懐妊していたので傷口より子供が生れ、お石の魂魄がそばにあった丸石にのりうつり、夜毎に泣いた。里人はおそれ、誰と言うことはなく、その石を『夜泣き石』と言った。
傷口から生まれた子供は音八と名付けられ、久延寺の和尚に飴で育てられ立派な若者となり大和の国の刃研師の弟子となった。
そこへ轟業右衛門が刃研に来たおり刃こぼれがあるので聞いたところ、『去る十数年前小夜の中山の丸石の附近で妊婦を切り捨てた時に石にあたったのだ』と言ったので、母の仇とわかり名乗りをあげ、恨みをはらしたということである。
その後弘法大師がこの話を聞き、お石に同情し石に仏号をきざみ、立ち去ったと言う。
文化元年滝沢馬琴の『石言遺響』より
この話も幾つか結末がありますので、どれが正しいとは言えませんね。
久延寺境内に奉られています、夜泣き石です。
こちらは弘法大師の像とともに奉られていますね。
なにか像付近に写っておりますが、…気にしない。
神君家康のお手植えの五葉松(二代目?)が、夜泣き石の直ぐ近くにあったりもします。
さて、久延寺の直ぐ隣にも名物の子育て飴を売る店があります。
歴史的には、恐らく小泉屋様よりもある扇屋様です。
長い間、小夜の中山の名物おばあさんが切り盛りしていましたが、残念ながら数年前に亡くなっていたそうです。
何度か訪れた事もあり、その時でも百歳近くにしてなお饒舌で驚いた記憶があります。(105歳の大往生だったそうです)
現在は掛川市が保存の為買い取り、日曜祭日だけ近隣の方々の御協力で営業しております。
他にもこの周辺は、歌碑が多く、芭蕉や西行法師の碑や歌の宝庫となっております。
久延寺直近の西行法師の歌碑
『年たけて また越ゆべしとおもひきや 命なりけり さやの中山』と詠っております。
はたおりの町掛川を血に染める ”小夜中山鎌鼬”
…?
さて、小夜の中山を少々下り、旧国道へ出まして西へ進みます。
暫し進むと、非常に目立たない、変な角度で左折できる細い道があります
カーナビにも表示されていない道です…
バイパスをくぐった直後に広場があったのでちょっとそこに車を止めさせてもらい、恐ろしいほど急な沓掛の坂道を上りますと、どこか見た鳥居が見えてきます。
舟木兄弟遭難の地「日乃坂神社」です。(原作では比乃坂となっております)
一応ハイキングコースなのですが、木々が茂り主要道路から外れた寂しい所で不気味さすら感じますね…。
続けて二枚撮ったのですが「日乃坂神社」の文字の上に写る何か…掛川ではよくあること みたいなので気にしない。
日乃坂神社の文字と境内
国道に戻りまして、少々西へ進みますと「粟ガ岳」入り口の札が見えますので右折します。
ちなみに粟ガ岳が正式な名称なのですが、自分達は何故か「粟ン岳」と発音しております。
細い山道を登っていきますと、山頂にたどり着きます…と、書けば一行なのですが、対向車が来ると場所によっては泣きたくなります。
山頂からの景色
この像の下の岩、此処にも又「遠州七不思議」がお目見えし、霧吹き岩と言います。
実は十数年前の幼き頃、粟ガ岳は家族で行ったのですが突然の降雨で濃霧が発生し、山頂の土産物屋の人から「この霧はあの岩から出ているんですよ」
と説明を受けた覚えがあります。
多分伝説上でなのでしょうが、実際に凄い濃霧でとても山を下りられず、晴れるまで山頂に居りました。
山頂には神社があり、そこには「無限の井戸」と呼ばれる、再びお目見え「遠州七不思議」が絡んでくる井戸があります。
昔、無限の鐘と呼ばれる鐘があった。
その鐘を突くと、現世においては百万長者になることが約束されるが、あの世において無限地獄に落ちると言われている。
しかし、それでも貧しい人々はこぞってこの鐘を突こうと登山をし、急な粟ガ岳から滑落等の事故が多発。
当時の住職が埋めてしまったのがこの無限の井戸。
や、「あまりに争いが耐えないので住職が埋めた」や「鐘を突いて長者となった人物がいたが、悲惨な死に方をし、その後寺はこの
鐘を井戸に投げ込み封印した」等、様々な伝えがあります。
一応の下手人
に、されたのも、鐘を衝いたからでしょうか?
此処の写真はありません…
何故なら此処にはともかく「恐ろしい所」と言う印象が強くて…
井戸の他にも、現代の科学をもってしても到底運べない大岩が山頂にあります。
「神が高天原より光臨するときに降り立つ岩」とされておりますが、神々しさを通り超えて怖いですw
この岩の下のほうに穴があるのですが、そこが通称「地獄穴」と言い地獄に通じると言われています。
十数年前に比べると、比較的開けていて当時ほどの印象は無かったですが、それでも十分すぎるくらい怖い所でした。
神社の立てた札に「この岩に登ったり、地獄穴に物を投げ入れると神罰が下ります」とあり、なんとも言えずただ恐怖w
それでも一応帰り道を写真に。
春になると掛川でも有数の桜の名所なのですが、その一歩奥は怖い所です。
さて、山を降りまして次に向かうのは伊良子が修行をしていた「松葉の滝」です。
実は此処には行った事が無く、おおよその情報を頼りにナビ便りに。
国道81号線をひたすら行けば分かったのですが…。
こ、こは何事!
滝への最後の分岐点を超え、駐車場までは車幅ギリギリの一本道
車が通れるか怪しいくらいの道です、一応案内があるので進んだら…後悔しました。
これで対向車が着たら御終いでしたが、幸い来ませんでした。
この最後の道へ入ったら駐車場までは引く事は出来ませんので、お覚悟を…。
行くまでが既に修行の地です、流石天才清玄。
駐車場から、さらに歩くのですが、この道中もまた厳しい…。
場所に寄ったら人一人通るのがやっとの道で、尚且つ滑ったら御終いの所も何箇所かありました。
そして再び現れる物の怪
丸太の橋が現役です
道?には沢蟹が闊歩しております…。
そんな苦難を超えて、ようやく到着。
周囲に竹はありませんでしたが、木々が生い茂る所でした。
そして…
車という器は…
ひとたび
ひとたび
進めば
二度…二度
同じ道を通らなくては成らないのだ…orz
(当然帰りも同じ一本道を…行きに比べると、慣れたのか楽でしたがね)
駿府城、掛川城周辺、今日紹介しました郊外辺りまでは、県内近隣でしたら車で何とか一日で回れる範囲かと思います。
勿論どの場所も見応えがある場所かと思いますので、直ぐに立ち去るのは「MOTTAINAI」のですがね。
今回の小夜の中山、粟ガ岳、掛川城はハイキングコースとしてJRが毎週行っているウォークラリーがありますので(基本無料のはずです)、利用になるのも面白いかと思います。
さて、今回はこの位にしておきます
次回は聖地・秋葉山とおまけを少々。
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小夜の中山小夜の中山(さよのなかやま。佐夜の中山とも)とは、掛川市の北東端で、佐夜鹿(さよしか)に位置する峠。最高点の標高は252m。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Article- History Licens
2007/10/09(火) 07:25:23 |
峠を疾走す!!!
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